俺の言葉のゆりかご

ネット制限によってワクワクを取り戻す!

ポイントカードほど消費者の欲しい気持ちをゆがめているものはない

いつからか、店員に「ポイントカードはお持ちでしょうか?」と聞かれる度にイラっとするようになっていた。

そのためか、俺はポイントカードは作らない。

もし強制的に渡されたら、店を出たらすぐに捨てる。

けれど、街中で「ポイント2倍デー」などの旗が立っていると自然と目が行ってしまう。

これはおそらく「トク」という感情が人間の本能に近接する原始的な感情だからだろう。

 

では、はたしてポイントは俺たち消費者に本当に役立っているのだろうか?

今のポイント相場は基本的には200円で1ポイントだが、

円に換算してみると以下のようになる。

2000円=10円 

2万円=100円

20万円=1000円

200万円=1万円

2000万円=10万円

 

ここでさらに、一人暮らしの生活費を約10万と想定し、

この額すべてにポイントがつくと考えると、年間で6千円もらえる計算になる。

これを20歳から40年続けると、最低でも24万円分のポイントがもらえる。

120万円使って6000円。4800万円使って24万円。

これを多いと思うか、少ないと思うかがその人のポイントに対する価値観になる。

俺の場合、この程度の金のために、

40年もポイントに右往左往する生き方はしたくない。

 

俺は2つの質問を自分に投げかけてみた。

1:俺はポイントが欲しくて「その店」を利用するのか?

2:俺は「その店」がポイント制度をやめたら行かなくなるのか?

 

すべてNOである。

俺が気に入った物や店にポイント制度があろうがなかろうが、そんなことはどうでもいいことだ。

むしろ「自分の好きな店に行って、ポイントももらえてラッキーだ」と思う気分こそ、

俺には最も有害だ。

とすれば、俺には1ポイントも必要ない。

 

ポイントは、買い物の喜びを減らしている。

ポイントに対する損得感情が「好き、欲しい」という気持ちを後ろに隠してしまうのだ。

だが今は原始時代ではない。

「トク」という気分のスイッチは切ることはできないが、

それは大昔の名残だからもう気にしなくていいのだ。

「あ、今日はポイント2倍デーだ」と思ったら、

その気分は「 陰毛程度 」の価値しかないと思えばいい。

 

昔、俺は食べ放題に行くと決まって腹を壊していた。

それとポイントカードは似ている。

「ポイント付きで買わないと損だ」という行動と、

食べ放題で大して好きでもないメニューをとにかく皿に盛る行為は同じ線上にある。

 

今回俺は、ポイント社会のうっとうしさを「書くこと」で発散したかった。

だが、今の時代は欲しくなくてもポイントがついてきてしまう。

ネットには会員登録しないと利用できないサイトがごろごろあり、

自動的にポイントがついてくるサイトだらけだ。

しかも勝手に「ブロンズステージ」などとランク付けされて、

消費者は「お得」と感じる心理をどこまでも刺激される。

もはやポイントは、たちの悪い強制的なネット広告のようだ。

 

企業は本当に粋を失った。人のトクしたいという心理をくどいほど刺激して、

ポイントで消費者を「餌付け」している。

 

だが人には現代に溢れかえる過剰な利便性を拒否する権利がある。

俺がスマホを持たないように、人には選ぶ自由がある。

勝手にポイントをつけたり、ランクづけされる構造の中に

消費者を巻き込むことはどう考えてもおかしい。

 

なぜ消費者は一方的にポイントを付与されたり、ランクづけされなければならないのか?

なぜ店側は買い物を複雑にして客に頭を使わせるのだろう?

店側がまず消費者に提供するのはシンプルさであり、

買い物という経済行為の足を引っ張っているのは実は「ポイント制度」ではないのか?

 

自分が欲しいと思うものにお金を払い、

店は商品を渡す。そこで両者の関係は完結である。

店を去った後でも、ポイントがどうのこうのと客に考えさせてはいけない。

本来、商売人と客との出会いは一期一会なのだから、

本質を外れた部分で客の後ろ髪を引くことはしてはいけないのだ。