俺の言葉のゆりかご

ネット制限によってワクワクを取り戻す!

大企業で個性的であろうとすることは無駄骨である

大き目の企業で働いていると、

色々な人間がいる。

真剣な人。

まじめな人。

やる気に燃えている人。

社交的な人。

穏やかな人。

競争心の強い人。

批判好きな人。

変わりたくない人。

ただの怠け者。

出世したい人。

与えられた仕事だけこなし、お金さえもらえればいい人。

とにかく人間関係に波風立たないことだけに気を配り、仕事上の意見を全く言わない人。

 

こう言った様々な人間がおり、見方によってはいい所もあるかもしれない。

しかし「動機や志の部分」で根本的にずれているから、お互いの利害が一致しない。

表面的なところでは一致しているが、深いところでは正反対な場合が多い。

つまり、彼らはトップが組織の方針を打ち出しても、

自分の我を最優先してそれに従わない。

彼らは異常なほど自分の利益を求めることに対して、「したたか」なのであり、

ものすごく「ゆるゆる」であり、「のんびり」している。

 

入社してからずっと、平凡とか調和を一番大事にしてきたので、

自分を追い込むこととか、情熱を持って仕事をすることが「どういうこと」か分からない。

 

俺は、どんな仕事であれ、一生懸命仕事をすればするほど、

そこに個性的な自分の意見が芽生えると思っている。

組織において、まじめに自分の仕事を高めていこうとすれば、

おのずと「今までのやり方を変えて自分はこうしていきたい」とか

「この作業はこうやったほうがうまくいくんじゃないか」などという気持ちが沸いてくるものだ。

そして、組織においてこの自分の考えを実現し、仕組みを変えようとするなら、

職場の上司や同僚とコミュニケーションをとる必要性が必ず生じてくる。

 

けれど、大企業ほどそういう光景はあまりない。

自発的に意見を言う人がほとんどいない。

言うとしても、そういう役職と責任を与えられない限り何もしない。何も言わない。

ただひたすら思考停止して、いつもと同じ作業を繰り返す。

 

たとえば残業をなくして生産性を上げて行こうという経営計画を打ち出しても、

用もないのに残業し続ける人間は必ず存在する。

おそらくこういう人々は、

残業代でいくら稼ぐかを最初から決めてしまっているのだと思う。

彼らにとっての月給は、もう残業代込みでしか考えられなくなっている。

残業代を前提として家計をやり繰りしている。

 

でも俺からしたら、はっきり言ってこういう人々は目障りに感じてしまう。

世界は効率と生産性を高めるために日々進化していて、

競争も激化しているというのに、

彼らはそういうことに全く無頓着だ。

資本主義の根幹である「競争」の意識が薄いのである。

資本主義は「みんな仲良く」で回っているのではなく、

「競争」の原理で回っていることを忘れているのだ。

 

競争の原理が存在し、ライバル企業が努力し続けている限り、

自分たちは現状維持の努力のみしていてはいけないのだ。

 

でも俺はもう無駄だと悟った。

 

企業や組織というのは、規模がでかくなればなるほど

言うことを聞かない人間が混ざり出す。

そういう風になってしまう仕組みなんだ。

 

表面的には従順そうだが、裏では自分がいかにトクするか、

ラクするか、怠けていられるかしか考えていない。

もちろん会社の理念とか製品とかにはあんまり興味もない。

 

入社したときから、志とか熱意なんて大してなかったのだ。

大企業にいる人間というのは、一握りの人を除いて、

そのほとんどが世間体がいいからとか、安泰だからとか、

家から近いとか、地元だからとかの理由で入社しただけだ。

 

自分をこの会社で試したい!

この仕事を通じて成長していきたい!

この会社の製品が好きだ!

 

そういうことはあんまり重要ではないんだ。

 

大企業とは、

思考停止人間とちっぽけなエゴイストがほとんどを占めていると思っていい。

個性のぶつかり合いを嫌う、変わりたくない人の集まりだ。

現状維持と平凡を求める人間の集まりなのである。

「ふつう」以上の変化を求めないから、人間関係を温和に保つ能力はとても長けているが、

反面自己主張に欠ける弱さがある。

 

言い換えれば、母親の期待におとなしく答え続ける人ばかりなのだ。

「親の期待をそのまま実現すること」が自分の幸せと思う人たちばかりだ。

親が作り上げた世界から抜け出せない、抜け出そうともしない。

親という殻から脱皮できない人たちの群れ。

それが大企業で働く人の大半なのである。

 

つまり大企業=親なのだ。

 

では、親が子供に期待することとはなんだろうか?

おそらく大部分の親は「ふつうに幸せに生きていってほしい」

と子供に思っている。

 

世間と波風を立てず、危険なことをせず、

なるべく迷惑をかけず、職場から排除されそうになったらおとなしくして、

一つの職場で安定的に働き続けて欲しい。

安心・安全が一番!

 

これが親の望むことだろう。特に母親が。

おそらく人は、こういう生き方を目指すと、

その顔付きになってしまうのだと思う。

 

俺の職場にもこういう顔付きの人しかいない。

似たような覇気と似たような生命力だけが漂っている。

 

危険な雰囲気のする人間、

目が輝いている人間はあまりいない。

守りに入っている人間と、

自分の小さなエゴイズムを満たそうと会社を利用している人間ばかりだ。

何かをしようとする前に、まず周囲の空気をうかがう。

 

大企業とは「生活していくためだけ」の場所であって、

魂を燃やして生きていくための場所ではない。

大企業とは、仕事そのものよりも仕事以外のことに心身のエネルギーを

使わされる場所である。

形式的なもの、昔からの慣習的行為、監視し合う人間関係、

各個人の能力を最大限発揮することを考えるよりも、

周囲と調和できる能力に価値が置かれている・・・

ただ単純に仕事ができるだけでは周囲は評価しない。

周囲とうまくやって初めて、その人物の仕事の優秀さを認め、評価の対象にしようとする。

個人の意見や仕事の成果は、その人物が「誰か、どんな立場か、どの程度みなとやっていけるか」によって決まる。

 

職場には、こうした仕事とは関係のないエネルギーが充満している。

 

 

若者よ、個性的でありたいなら大企業に入ってはいけない。

大企業とは自分の個性を半ば奴隷化させることだ。

もし入るのなら、仕事中は周囲と歩調を合わして適当にやっていればいい。

そして仕事が終わったら、

自分の未来の目標に向かって全身全霊で打ち込み、個性を発散しよう。

 

自分自身の未来のために、会社を徹底的に「利用」しよう。

残業代稼ぎのために会社に残るなんてみみっち過ぎる。

もっと大胆に、もっと欲張って、もっと大きな視点を持って、

とことん会社を活用しよう。

 

自分の持ち場の生産性を極限まで高め、仕事が終わったらさっさと帰ろう。

出世や権力から離れて、飲み会は最低限出席し、有給は全部使い倒そう。

資格取得や語学教育に補助が出るなら、最大限補助してもらおう。

産休・育休があるなら、どんどん使おう。

会社の製品が安く買えるなら買ってみよう。

会社の、平凡を求める「その他大勢」の人のお金の使い方、

時間の使い方などを知って、自分の人生やビジネスに生かそう。

大企業にいる人のライフスタイルを見れば、

日本人の大半の行動様式や価値観が分かるので、

これを商売や投資に生かしてみよう。

 

そして自分がもうこれ以上、

この会社で成長できないという気持ちが繰り返し沸いてきたら

きっぱり辞めよう。

職場の同僚と日々働いていくうちに「みんな変わりたくないんだな。

適当に合わせて金さえもらえればそれでいいんだな」

という気持ちが自然に沸いてくる状況が多くなったら、それは会社の辞め時の合図だ。

 

その日が来たら、

今まで自分を成長させてくれてありがとうと思いながら、

不平一つこぼさず、静かに静かに職場を去ろう。

 

 

大企業とは、自分の未来の目標への「渡し船」みたいなもんだ。