俺の言葉のゆりかご

ネット制限によってワクワクを取り戻す!

【私的妄想記事】ネット依存症のいま!

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インターネットは今、庶民によってどのように利用されているのか?

ネットは、庶民に何をもたらしたのか?

そして、ネット依存症が庶民にもたらす最悪の末路とは何か?

 

それを勝手に想像し、断定し、結論付けたのがこの記事です。

つまり自分で勝手に想像した、事実に基づかない記事なので、

その点を了承のうえ、読んでください。

 

現在、ネットはほぼすべての人間によって利用されています。

しかしながら、それを使いこなせている人間はごくごくわずかです。

まずもって、ほとんどすべての人間は確実にネットで

【時間の無駄遣い】、【感情的な消耗】をしています。

この記事を読んでいるあなたはもちろんのこと、書き手の私自身もそうです。

 

私は、自分のネット依存症が深刻になってきたことに気付き、

去年(2017)の8月ごろにネットを解約し、そのおかげでネットの利用時間は

週に2~4時間ぐらいになりました。

以前は週に50時間を費やしていたので、かなりの改善です。

ですが、それにも関わらず私はまだネットで時間の無駄遣いをしてしまいます。

感情的な消耗はほぼないのですが、時間の無駄遣いはまだあるなと感じます。

 

しかし、これはネットそのものが持つ構造に問題があると思います。

責任転嫁してしまいますが、

ネットは人間の負の部分を引き出す力が大きいのです。

換言すれば、ネットは人間が堕落しやすい構造をしています。

 

第一に、まず無制限であるということ。

第二に、目的外の膨大な情報が視覚に入り込んでしまうこと。

そして第三に、閉じられたプライベートな空間であること。

 

上から順に分析していきますと、無制限にネットが利用できることは最大の欠点です。

私たちがネットを利用するとき、そこには本来の目的があるはずですが、

いくらでも時間が利用できるとなると、「いつでもすればいい」となりかねません。

締め切りがないことで、ずるずると引き延ばしてしまいやすいのです。

そして次に、本来の目的と無関係な膨大な情報が、

視覚に強制的に入り込んでくることです。

ここでのミソは「膨大な」と「視覚」です。

大量の情報が、人間が外界の情報の8割を感知する視覚にダイレクトに

飛び込んでくるのです。

 

これはものすごいストレスではないでしょうか?

たとえば、スーパーに行くと関係のない物を買ってしまう人がいるかもしれませんが、

決まった金額しか所持しなければ、本当に必要な物しか買えません。

本来買うつもりのなかったデザートやお菓子などを買うのは物理的に不可能です。

 

ではネットはどうでしょう?

ネット利用時、私たちに与えられている資本は「時間」です。

しかしそれが無制限にあります。

買うつもりのなかった商品を断念するように、目的外の情報も断念できるでしょうか?

無理でしょう。特に疲れた時など、

つい気になってクリックしてしまうのではないでしょうか?

 

買わなくてもよかったお菓子やおつとめ品のように、

検索しなくてもよかった情報を見てしまうのです。

しかも閉じられたプライベートな空間です。

このような環境の中、毎回毎回自制心を働かせるのは無理でしょう。

私はそうでした。だからこそ自宅のネット環境を完全に遮断したのです。

 

このようにネットは人間を堕落させやすい構造をしています。

ではこうしたネットのマイナスの部分は、私たち庶民に何をもたらしたのでしょうか?

それは「自己実現の放棄」です。

驚くかもしれませんが、膨大なネット情報は庶民層の自由を拡大したのではなく、

逆に狭めたのです。庶民をそこに逃避させたのです。

 

考えること、信じること、自分のスタンス、自分の美学、

それらを見ないよう見ないよう、不特定多数の他者にゆだねたのです。

換言すれば、身体で感じた手応えではなく、

他者の発した記号(文字など)を自分の答えとしたのです。

 

そしてこの事態は、これからますます深刻になると思います。

まずネットばかりしている人間はこうした事実に気付いていませんから、

ますます自分が何者か分からなくなります。

その他大勢の人間の中に存在する「空虚な人間」として、

現実的に自分が生きている感じが薄くなっていきます。

 

そして、ネットという閉鎖された空間での「自分探し」は

身体が欠けているので、経験に基づかないプライドと自意識過剰を育て上げ、

いびつな人間を形成します。

一昔前、インドなどに行って自分探しをする若者がいましたが、

それはかなりマシでした。

自分で旅をし、危険な目に合い、生活する手段を

すべて自分で手配しなければなりません。

言葉の問題、文化の違いなどを身体全体を通して経験できました。

自分が見つからなくても、その経験は人生の豊かさにつながるでしょう。

 

しかし、ネットで自分探しをする人は何も経験できません。

身体に入力されてくる情報はゼロです。

脳だけで判断して考えているので本当に身についていません。

また、ネットでつながった匿名の他者とのやりとりは、

精神的土台の欠いた空虚な癒しに過ぎないので、

継続的な心の支えにはならないでしょう。

 

以上の考察を踏まえると、

ネットと適切に関われない多くの庶民層は、

これから「ブラック人間」になっていくと思われます。

現在ブラック企業は社会問題として認知されていますが、

ネットの場合、自分で自分をブラックにしてしまうという意味です。

人間としての尊厳のない過酷な状況で安い賃金で働かせ、やがて心を病ませる。

これがブラック企業なら、ブラック人間は以下のように表現できるでしょう。

ネットという人間の負の要素を引き出しやすい過酷な環境で自分を酷使し、

自分の身体と心の叫びを無視し、

与えられた有限な時間を浪費し、やがてネット依存症になる。

 

作家の曾野綾子さんはネットを覚醒剤と言っていましたが、

これを単なるばあさん(失礼)の独り言だと思ってはいけません。

 

ということで今日はこの辺で。

私のブログで膨大な時間を浪費していただき、ありがとうございました。

これであなたもブラック人間に近づきましたね(笑)

 

以上、これにてOK農場!!