俺の言葉のゆりかご

ネット制限によってワクワクを取り戻す!

「ブッダのことば 中村元 訳」(岩波文庫)を読んで、最も印象に残った場面

俺は最近この本を読み終えた。

その中で、とても印象的な言葉があったのでここに紹介しておく。

 

弟子がブッダに以下の質問をした。ページは100~101(内容を一部簡略した)

 

弟子:ブッダさま。わたくしは実に、与える人、施主であり、寛仁にして、

他人からの施しの求めに応じ、正しい法によって財を求めます。

そのあとで、正しい法によって獲得して儲けた財物を…(略)…多くの人に与えます。

わたくしがこのように与え、このように捧げるならば、

多くの福徳を生ずるでしょうか。

 

ブッダ:青年よ。実にあなたがそのように与え、そのように捧げるならば、

多くの福徳を生ずる。誰であろうとも、実に、与える人、施主であり、

寛仁にして、施しの求めに応じ、正しい法によって財を求め、そのあとで、

法によって獲得して儲けた財物を、一人にも与え、さらに続いては百人にも与え、

さらに多くの人にも与える人は、多くの福徳を生ずるのである。

 

一言で言えば、「正しい方法によって稼いだ財産を人に与えれば、

あなたも豊かになりますよ」という内容だが、

この箇所が俺の中で一番響いてきた内容だった。

 

なぜかというと、キリスト教も同じことを言っているような気がしたし、

ベストセラーの「金持ち父さん、貧乏父さん」という本にも

「行き詰まった時こそ与えること」と書いてあったし、

ビル・ゲイツさんも寄付しているし、

投資で有名な竹田和平さんも金をプレゼントしているし…

色々な人が自分の財産を与えて、なおかつ豊かになっている事実があったからだ。

 

注目すべきは、「正しく稼いだ」財物であって、

あくまで「正しいこと」と「自力で稼ぐこと」に力点が置かれている気がする。

少なくとも俺はそう勝手に解釈した。

 

「原則として自分が汗して稼いだお金」を、困っている人に与える。

それが大切なんだと思う。

そのあと自分に恩がかえってくるかは全く分からない。

 

しかし昔の賢者や聖人、現代の成功者も同じことをしているのをみれば、

これはどんな時代にも通用する法則なのではないだろうか?

たとえるなら、たとえ法律が殺人やレイプを許可しても悪いことは悪いように、

自力で稼いだお金を与えることは、

恩が全くかえって来なくてもいいことなのだ。

 

とはいっても、(これは俺の勝手な解釈だが)

愚者に寄付する必要などないし、

海外旅行に行った先でストリートチルドレンにお金を与える必要もない気がする。

また、相手のプライドを傷つけずに金銭を与えることにも配慮が必要だ。

そういうことを考えれば、庶民が一番やりやすいのはスーパーに

置いてある募金箱への寄付かなと思う。

まずそこから始めてみよう。

 

ということで、みなさんも寄付してみてください。

(ちなみに、俺が仕事で稼いだお金を寄付しているかどうかは言わないし、

俺は愚者なので寄付しなくていいです)