俺の言葉のゆりかご

ネット制限によってワクワクを取り戻す!

公共施設で、姿勢を正して真剣にネットをしていると、みんなちらちら見ていく件

先日、公共施設で姿勢を正して、真剣な顔つきでネットをしてみました。

すると、周囲の人が私のそばを通り過ぎるとき、

私のパソコンを「ちら見」していくのです(笑)

 

なぜ、みんな私のパソコン画面が気になったのでしょう?

それは「そんなに真剣に何を見ているんだろう?」とか

「あの姿勢を正した男は一体ネットで何をしているんだろう?」と

思ったからではないでしょうか?

要するに、私が醸し出す雰囲気が異様だったので(笑)、

周囲の人の好奇心が刺激されたのです。

 

これを強引に言い換えると、私から立ち込める雰囲気がカッコよかったから、

私が何をしているか気になってしょうがなかったとも言えるでしょう。

人は何かを真剣にしている人を見ると、「何をしているんだろう?」と

気になるものです。

 

私は別にネットで特別なことをしていませんでしたが、

その取り組む姿勢や雰囲気が、なぜか周囲の人々に

特有の意味を持って伝わってしまったようです。

要するに、私がしている内容よりも、

私の態度に人は引き付けられたと言えます。


とすれば、やはり私の予感は的中しました。

 

私が今まで言い続けていた、

「ネットと適切に関わる人は、かっこいい雰囲気を醸し出す」

という信念は実証されました。

意味もないのにスマホを開かない人はかっこいい。

ネットでなすべき用件をこなし、

それが済んだらさっさとその場を立ち去る人はかっこいい。

だらだらネットしない人はどうみてもかっこいい。

これらのことが証明されたのです。

 

でなければ、なぜ、周囲の人は私をじろじろ見たのでしょうか?

説明がつきません。

やはり私の考えは間違ってはいませんでした。

 

少し話がずれますが、

今年のアカデミー賞にノミネートした「ダンケルク」という戦争映画の

監督もスマホやメールアドレスを持っていないそうです。

もちろん、監督の周囲の人がスケジュール管理をしているから、

そういうものを持たずに済んでいるという現実もあるかもしれません。

 

しかし、監督自身が「スマホなどは考える時間を奪うから持たない」

と言っていることからも見れば、やはりデジタルツールとの適切な関わりは

今後重要な問題となってくることは明らかでしょう。

 

そして何より今回のノミネートは、スマホやネットをあまり使わない人でも、

すばらしい映画を作れると言うことを教えてくれました。

スマホは別にその人を優秀な人間にしてくれるわけではないこと。

むしろ、ある人にとっては有害でさえあること。

 

このことはこれから登場してくるどんなデジタルツールにも

言えることかと思います。

人工知能、VR、仮想空間に関する娯楽用品がどれだけ進歩しても、

その人そのものを有能にしてくれるわけではありません。

人間として成熟させてくれるわけではありません。

それを私たちは忘れてならないでしょう。