俺の言葉のゆりかご

ネット制限によってワクワクを取り戻す!

ネットの発達によって、より輝くもの

いくら時代が進歩しても、アナログのよさはなくならないと思います。

デジタル時計が出ても、アナログ時計の需要は一定数存在していますし、

メールが主流になっても、便箋や手紙の良さは輝きを失っていません。

時計店に行っても、文房具屋に行っても、アナログ時計や便箋は

ずらりと並んでいます。

 

あなたはこういう現状を不思議だと思わないでしょうか?

現在のテクノロジーを使えば、あっという間にその目的を

達成できるのに、なぜかアナログな手段を求める需要は消えない。

 

また、ユーキャンという通信講座では「ボールペン字講座」が

いつも上位の人気講座にランクインしていますが、

これも不思議だと思います。

 

私が思うに、私たちはデジタルがもたらす快適さが、

かつてあったものより「より良い」と信じ過ぎてきて

しまったのではないでしょうか?

しかし、時代の先端を行くデジタルテクノロジーが「最高」を

意味するのではないということに、人々は気付き始めてきた感じがします。

 

そういう観点から、今日はネットの反対側のアナログな部分に

ついて考えてみました。

 

なぜ、こういうことを考えたかというと、

どれだけネットが発達しても失われない「アナログ的なもの」が

あると思ったからです。

むしろ、いまはネットが主流になり過ぎているので、

人々の関心は将来、こちらに戻ってくるのではないかと思います。

 

では、さっそくですが、ネットの反対側に位置するもの。

それは何でしょうか?

私は、以下のようなことを思いつきました。

 

・好きな人にメールで気持ちを伝えるのではなく、

きちんと口か、直筆の手紙で気持ちを伝えること。

・自分で考えること。

・他人の意見を一切入れず、自分ひとりで悩むこと。決断すること。

・直接自分で見ること、聴くこと、感じること、味わうこと。

・通販ではなく、近所のお店の人とのコミュニケーションを通して商品を買うこと。

・レビューを一切参考にせず、自分が欲しいと思った物を買い、

行きたいと思った店に行くこと。あるいは、自分がおいしいと感じる店を

「自分の味覚だけ」を頼りに探し続けること。自分の味覚を信じること。

・スマホを持たず、地図を片手に旅行すること。

・本屋をうろつき、目に留まった本を買うこと。

・客観的な見方、バランス感覚をもたないこと。

自分固有の「偏見」や「解釈」を大事にすること。

・電子画面の向こうで、喜んだり傷つくのではなく、

直接の人との関係性の中で、身体と心全体で喜んだり、傷つくこと。

・自宅のモニターではなく、映画館で映画を観ること。

・博物館やコンサートに行って、生の物を観、生の歌を聴くこと。

・身体に汗して、お金を稼ぐこと。

・VR空間でペットを育てるのではなく、直接自分で育てること。

生き物の温もりを触って感じること。死すべき命を感じること。

ということで、これらのことが浮かびました。

 

さらに、これらからイメージできる言葉を考えてみました。

「偶然、直接、偏見、生、身体、五感を通したコミュニケーション、

自分を信じること、汗、遠回り、アンバランス、孤独、無駄、無知、非効率、

興奮、感謝、温もり、面倒くさい、リスクのある、時代遅れ、必ず死ぬ、

自分と向き合う・・・」

 

もし、こういった言葉がネットに対する「アナログ的なもの」ならば、

これからの未来、こちらに「よさ」を感じる人が

少しずつ増えてくるのではないでしょうか?

 

私なりに一番心に響いた言葉は「汗」でした。

これはネットが生み出すことができない最高の良さだと思います。

汗を流してお金を稼ぐ。運動して汗を流す。恥や汗をかいて何かを学ぶ。

汗と涙を流して生きていく。

 

というと、「じゃあ、お前は一生汗かいて仕事してろ!」

と言われそうですが(笑)、やはり汗なき対価は真の労働ではない感じがします。

投資家にしろ、ネット副業でお金を稼いでいるにしろ、

立派な社会貢献、経済行動ですが、私には本当の意味での労働とは思えません。

むしろ、主婦の家事労働のほうが上のような気がします。

 

どんな手段で稼いでも、お金はお金で、私もお金は大好きです。

でも、人間同士の感情的な交流を欠いたお金稼ぎは、

私的にはあんまりうれしくないですね。うれしいのは自分だけ。

誰も喜ばず、感謝もしない。何の交流も生まれない。

 

例えるなら、感情的な交流を欠いたお金稼ぎは「民衆、国民、人類」など、

固有な具体性のない「人々」に役立つ。

それに反して、人が喜ぶお金稼ぎは「私とあなたとの具体的な関係性、個人と個人」

という言葉が浮かびます。

要するに、私は前者の抽象的なタイプのお金稼ぎはあまり好きではありません。

とはいえ、これは投資家を否定しているわけではありません。

どちらがいいかと言われたら、私は汗する労働によさを感じるということです。

ネットのよさより、ネットにないアナログ的な面によさを感じるということです。

汗をかいた後の食事はやはりおいしいものです。

 

スマホは便利だけど、私はガラケーでいいや。

自宅で好きな映画をたくさん観れるのはいいけど、私は映画館のほうがいいや。

自宅でネットが四六時中できるのはいいけど、私は図書館で利用するほうがいいや。

それが自分にとってのベストな快適さ。

 

つまり、そういうことです。

 

では最後になりますが、

ネットがどれだけ発達しても、失われないもの。

あなたにとっては何でしょうか?

 

分からない人はこう自問してみてください。

あなたがネットに奪われてはいけないもの、

ネットに任せてはいけないこと。

それは何でしょうか?