俺の言葉のゆりかご

ネット制限によってワクワクを取り戻す!

スマホに人生を明け渡し、自己実現を放棄する人々

あなたは第二次大戦中のドイツのヒトラーを知っていますか?

当時、ドイツのほとんどの人がヒトラーに心酔していました。

その多くは、私たちのように「ふつうの人」たちでした。

そういった人たちが、ヒトラー主導のナチスに傾倒し、

人類史に残る残虐非道な道へ突き進んでいったのです。

 

私たちは「ふつう」に生きたいと思い、

ときに「人並み」でないことに劣等感や不安や葛藤を感じます。

だから、「ふつう」は私たち庶民にとっての原動力でもあります。

 

しかし、この「ふつう」が悪い方向に傾くこともあります。

それが現代のネット・スマホ依存ではないでしょうか?

世間ではスマホをもっていることが「ふつう」とされていますが、

果たしてそれはあなたに当てはまることでしょうか?

あるいは、一人暮らしのあなたが自宅にネットを引く必要性は

本当にあるのでしょうか?

 

ここは一度、自分とネットとの関係性を見直してみてはいかがでしょう?

 

少々、冒頭に上げた話しに戻りますが、

当時ヒトラーの存在に危機感を感じた人は、アメリカなどに亡命しました。

どんな時代であっても、そういう異常な事態に早く気付く人はいます。

 

実は、私もその一人で(笑)、デジタルツールがもたらす負の側面に気付いて、

距離を取ることにしました。

私は、今後ネットと常時接続できる環境を一生持ちません。

なぜなら、自宅にネットがあると、いつか自分は廃人になると感じたからです。

これは冗談でもなんでもなく、私が本当に直感したことです。

「あぁ、このままじゃ俺はダメになるなぁ…」と思いました。

私の脳はすでに悲鳴を上げていました。

 

多くの人は、ネットやスマホに「使われて」、人生を明け渡している気がします。

自分の生活を豊かにするためにネットを利用して、

ネットをその「手段・道具」として目標達成を目指すのではなく、

むしろそれを放棄するためにネットを使っています。

 

私は、この精神構造は、ヒトラーに心酔していた人々と似ている気がします。

現実から逃げて、あとはスマホがなんとかうまい具合に自分を騙してくれる。

自らデジタル空間という強制収容所に入って、現実の自分の人生を窒息させる。

膨大な時間を浪費して、自由を放棄する大衆。

そのツケは大きいでしょう。

 

スマホとは、まるで浦島太郎の玉手箱のようです。

時間があっという間に過ぎていきます。

作家の曽野綾子さんは「ネットは覚醒剤だ」と言っていました。

だから、いつまでもデジタル空間にいてはいけないのです。

 

人間は現実で傷つき、喜び、哀しみ、笑い合うことで成熟していくのです。

デジタルツールはその直接的な「きっかけ」を与えてくれる道具でしかありません。

互いに死すべき生き物との直接的な関わりの中でしか、生まれないもの、

与えられない何かがあるのです。

 

あなたがネットと適切に関われることを願っています。