俺の言葉のゆりかご

ネット制限によってワクワクを取り戻す!

2年間のネット依存を終えて、自分に残ったもの

自宅のネット環境を完全に遮断してから約半年経ちました。

それまで、私は2年近くネット依存症であり、そのレベルもかなり

重症と呼ぶにふさわしいものでした。

ネットがなくなったら暴れるとか、ネットカフェに駆け込むとか、

クレジットカードでネットゲームに課金しまくるとかはなかったのですが、

あのまま放置したらそうなっていたかもしれません。

あるいは健康を害して、パソコンのモニターの前で、

イスに座ったまま死んでいたかもしれません。

 

2年のネット依存を終え、私の人生に残ったもの。

今日はそのことを書いていきます。

 

今思えば、私はなぜあれほどネット依存になっていたのか分かりません。

来る日も来る日も、エンドレスにネットサーフィンばかりしていました。

一日数時間、場合によっては数十時間、ずっとそういう生活をしていたのです。

しかも、今思うと、これといって心に残っていることがほとんどありません。

ほとんどすべてがどうでもいい情報だったのです。

ネットサーフィンに費やした時間のほぼ9割が無駄でした。

24ヶ月のうち23ヶ月と3週間は無駄でした。

2年間でネットを活用できたのは1週間もないと思います。

なので、1週間で終えられることに2年費やしたということです。

もうこの2年は戻ってきません。

 

私は現在、ネットと適切に関わることが少しずつ出来るようになってきましたが、

ネット依存の2年間で現在に生かせていることは、

このブログのネタにできたことぐらいでしょうか?

 

ネット依存全盛期の時にもブログをしていましたが、

その時から文章力があがったとは思えません。

また、ネットサーフィンしながらたくさんの動画を観たり、

質問掲示板でやりとりしたり、まとめサイトをうろうろしましたが、

何の役にも立っていません。

むしろ見ない方が良かったです。

こういう質の悪い、低劣で下品なものを見ないで、

映画を観たり、本を買ったりしていたほうがずっとマシでした。

 

2年の間にネットで得た浅薄な情報は、

ものすごく言い方が悪いのですが、ほぼゴミでした。

(私のブログも多くの人にとってはゴミかもしれませんが・・・)

 

こうして書いてみると、私に残ったものはほとんど何もないということになります。

まるで夢を見ていたような2年間でした。

私はこのブログで「ネットは現代の玉手箱」というセリフを

何度も繰り返し使っています。

まさに私は2年もの間「竜宮城」にいました。

しかも、大しておもしろくない竜宮城にいました。

 

本当に、私は何をしていたのでしょう?

「いかがわしいサイト」をよく観ていたこと以外、

ほとんど記憶にありません(笑)

 

とすれば、ネット依存を終えて私に残ったものは、

「いかがわしいサイトをよく観ていた」ということ

になるのでしょうか?

 

自分でも認めたくはありませんが、

そうなるのでしょう。

読者には、下品な結末で申し訳ないですが、

今回はこのような事実となったので、

了承願いたいと思います(笑)

 

とはいえ、オチが悪いので、

今回の結論を心理学者の目線からポジティブに言い換えてみます。

 

「クライアントは性的なサイトが最も強く印象に残るほど、

とにかく精力的に人生を謳歌したかった。

自分のエネルギーをありったけ発散したかった。

成長したかった。

彼は性エネルギーの凝縮した力を向ける対象を求めていた。

つまり、「充実した人生」を心の底から求めていたのである。

生きることにとって、性欲があることがとても大切であるが、

彼はその生きた実例となった。

若い人ほど、生と性は不可分の関係にあるという事実を証明した。

だが、そのエネルギーの発露を現実に見出せず、

また踏み込む勇気もなかった。

そこで彼は、自分が傷つかず、思いのままになる、

ネットの仮想空間の中に逃避することで、

何とか現実とバランスをとっていたと言える。

 

まぁ、都合よく言い換えると、こういうことになりますかね(笑)