俺の言葉のゆりかご

ネット制限によってワクワクを取り戻す!

ネット・スマホ依存は、時間を通貨として差し出すキャバクラに似ている

ダラダラネットサーフィンをしているときは、心地がいいです。

これは本当の心地よさではないと本人は分かっていますが、

とにかく心地がいいのです。

まるでキャバクラやホストの構造に似ています。

 

ほとんどの人間にとって、

現実の世界であのようにチヤホヤされることはありえませんが、

私たちはお金を払ってその経験をしています。

ダラダラネットサーフィンもこれに似ています。

「自分の時間を差し出すから、ネットさん私をチヤホヤしてください。

私に束の間の喜びを与えてください!」

 

キャバクラとネットサーフィンの両者に共通していることは、

「傷つかない」ということです。

いや、生身の人間相手だと、たとえキャバクラでも傷つくことはありますので、

ネットはより傷つかない構造をしているといえます。

しかし、現実の社会で傷つかないことなどありえません。

他者との関係はもちろんのこと、

自分が成長しようとすればするほど、

自分の古い殻と格闘しなければなりません。

 

ダラダラネットサーフィンをし過ぎると

傷つくことがより怖くなります。

より不安になり、より悲観的になり、より攻撃的になります。

だから、ネット本来の役割を見失ってはいけません。

 

ネットとは目的を持って、あるいは時間を制限して使うものなのです。

 

「自分は今何のためにスマホを取り出したのか」

「何のためにネットにアクセスしたのか」

その答えがはっきり言えないのならば、ネットに手をつけてはいけません。

 

もちろん、キャバクラやホストで働く人と結婚したお客さんも世の中にはいます。

しかし、ネットそのものとは結婚できません。

ネットは固有の実体がないので、「あなたと私」という関係性が成り立ちません。

人はネットの浅薄な情報と絆を作ることはできませんし、

情報は人の深い傷を癒すことはありません。

 

自分の膨大な時間を「ダラダラネットサーフィン」に差し出しても、

何も産まれません。

時間を差し出す限り、ネットはあなたをチヤホヤしてくれるでしょう。

しかし、最終的には質の低い、浅薄な情報にカモにされて終わるのです。

 

ネットは現代の玉手箱。

気付けばあなたはおじいさん、おばあさん。

それが現実とならないためにも、今からネットと適切に

関わる技術を磨いておきましょう。

その技術は、これからデジタル技術が全盛を迎えるにあたって、

必ず役に立ちます。

 

デジタルのもつ危険性を知っていて、

ネットを道具として使いこなせている人。

それって、なんかかっこいいと思いませんか?