俺の言葉のゆりかご

ネット制限によってワクワクを取り戻す!

たとえ現実がいかに惨めでも、ネット依存は治すべきです

現実がいかに過酷で惨めでも、ネットにいつまでも逃げ込むのは

やめたほうがいいです。

ネット廃人になってもいいなら別ですが、

特に目的もなくネット依存になって、生活がボロボロになっている人は、

やはりやめるべきなのです。

 

なぜなら、いつまでも逃げ続けることは不可能だからです。

無期限に、無制限に逃げ続けていても、いつか現実に追いつかれます。

そして、それでもなお逃げ続けると、あなたが直面することを

避けていた現実よりも、いっそう恐ろしい現実がやってきます。

 

アルコールに逃げ続けると、やがて身体が腐ってきたり、失明したりします。

ギャンブルに逃げ続けると、自分だけではなく、周囲に多大な迷惑をかけます。

一家離散し、職を失い、最悪は自殺になるかもしれません。

依存症の力を借りて、現実から逃げ続けた人が最後に辿り着くのは、

たいてい廃人か自殺か刑務所か病院です。

 

私も、ネット依存が一番酷いときは、どこかに隔離して欲しくなりました。

「頼むから俺を病院に入れてくれ」!という気分になりました。

しかし、この段階になっても逃げ続けていたら、

本当に病院か刑務所にいたかもしれません。

 

だから、ネット依存は治したほうがいいのです。

もし、ネットがあなたの本当の居場所になっているなら、

あなたはそこから生きる気力をもらえるはずです。

しかし、ネット依存の人の居場所にいるのは、

同じようにネットに逃避している人たちでしょう。

 

そこから得ている力は、

「なんとか生きていける」程度のものだと思います。

もちろん「なんとか生きていける程度の力」だけでも、十分でしょう。

しかし、「なんとか生きていける程度」から、

「生きていける!」と思えるような自分になるには、

そういう居場所から「現実的な力(経済的・精神的に社会でやっていけること)」

をもらわないといけません。

そういう居場所が自分を癒す場所でもあり、生きていく力を得る場所に

ならないといけません。

 

身体の健康にたとえたら、

そこが病院でもありながら、トレーニングジムでもあるような場所です。

しかし同じような人がたむろしている場所から、

そういう力を得ることは現実の世界であっても難しいです。

そこにはどうしても強い人が最低一人必要だからです。

この強い人とは、現実で生きていく経済的・精神的強さがありながら、

弱い人の気持ちも分かる人のことです。

 

ですから、ダラダラネットサーフィンする人間が

うじゃうじゃしてそうな所に行っても、

身体も心もうじゃうじゃして終わるだけです。

あなたがネットに逃げ続ける限り、

ネットの向こうの世界であなたを待つ人は現れません。

 

あなたがネットと適切に関わる決意と行動を起こしたときから、

本当にあなたに必要な情報や人に出会えることでしょう。

今のままでは、ネットはいつまでも「敵」のままです。