俺の言葉のゆりかご

ネット制限によってワクワクを取り戻す!

心の病とネットサーフィンの相性。

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著作者:patrick etter

 

今回のテーマ、結論から言うと最悪である。

 

まず心が弱っている、もしくは正常に機能していない時に、

大量の情報を脳に入れることはやめたほうがいい。

なぜなら、脳が恐ろしく消耗するからだ。

 

そもそも、ただでさえ疲労している脳に、負荷をかけることがいかに

悪影響を与えることになるか想像してみて欲しい。

骨折している脳に、「まともに働け!すばやく情報を処理しろ!」

と言っているようなものである。

 

健常者にとってもネットサーフィンというのは恐ろしく

疲れる。

これは俺がネット依存と格闘してきた経験から間違いない。

 

また、心の病を持っている方というのは孤独であり、

さみしさに飢えている面が強いから、

ネット上の情報によってだまされたり、感情をかき乱されやすい。

ネットは人間の負の感情を容易に引き出すが、

それがまた心の病に深刻なダメージを与え、症状に拍車をかける。

 

ネット上の他者との比較により生じた、

嫉妬、怒り、憎しみ、自己嫌悪、劣等感、さみしさ、孤独感、孤立感、

虚無、自責などの感情が、すでに弱っている脳を傷つけてしまうのだ。

 

俺が思うに、心が弱っている方は、

ネット上を延々と徘徊したり、

チャットや掲示板を利用する傾向が健常者以上に高い。

 

さみしさゆえ、愛情飢餓感ゆえに、

そういう極めて浅い関係性でも求めてしまう。

 

しかしこれはあまり意味がない。

なぜなら、そういう所には、

自分と同じような人間ばかりいる可能性が高いからだ。

つまり、パソコンの向こうにいる相手は自分と似たような

人だらけなのである。

 

あなたがパソコンを通して繋がりあっている他人は、

あなたと同じような人なのである。

 

はっきり言おう。

そんな人と浅い繋がりを結んでも意味はない。

弱い者同志がもたれかかったところで一体何になるだろう?

両者共に倒れてしまうだけではないか?

 

少なくとも人生は好転しない。

 

誰かを助けたいとき、救いたいとき、

そこには必ず社会的立場を持った人が必要だ。

そういう人が核になってこそ、心の病で弱っている者同士の

結びつきや支え合いは意味あるものになる。

 

だから、本当に心の病から回復したいのなら、

ネット上で自分と同じような人間と慰めあいをしてはいけない。

そういうことをするぐらいなら、

自分の病を克服した人や支援者を真剣に求めるために

ネットを活用したほうがいい。

 

さみしい、つらい、苦しい・・・

でもどれだけその感情が高まっても、

ネットの向こう側の人間に癒しを求める自分に鞭を打とう。

 

長期的に見ればそれが相手のためにもなるのだから。