俺の言葉のゆりかご

ネット制限によってワクワクを取り戻す!

テレビゲームが教えてくれたこと・・・本来「変わる」ことはワクワクすることに違いない。

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パグ

 

テレビゲームで主人公をレベルアップさせたり、

新しい必殺技を覚えたりするのはワクワクする。

 

これと同じで、本来人が成長することはワクワクするものでは

ないだろうか?

 

それなのに人は変わることを恐れる。

なぜか「ああだこうだ」と言い訳を作り出して、

今のままの現状維持の生活を送る。

 

でもこれってとても矛盾しているように思う。

ゲームでは進化や変化を楽しみ、むしろそれを無性に強く望んでいるのに、

自分のこととなるとそれが怖くなったり、嫌になったりする。

あるいはその対象を馬鹿にしたり、やっても無駄だと自他に言い聞かせる。

 

なぜか人の成長には不安や恐れ、面倒臭さや言い訳がつきまとうのである。

 

俺もそうだ。

 

けれど俺はつい最近、人の進化に伴う不安や恐れはワクワクの合図だと

思うことにした。

その進化の先にあるワクワクが大きいほど、不安や恐れも強くなる。

 

ゲームと同じように、人が変わることはきっとワクワクすることに

違いない。

俺が小学生の頃、ゲームの主人公のレベルをあげたり、新しい技を覚えることに

ワクワクしたように、きっと人が変わることは楽しいことでしかない。

 

でも人間の場合はそこに不安と恐れがつきまとう。

この不安や恐れが人のワクワクを打ち消して見えなくしてしまう。

ゲームとの違いはそこにある。

 

でも空がどれだけ曇っていても、その奥には太陽があり、月があり、星がある。

だったら、迷うことなく俺は進化を選んでいきたい。

 

第一、ゲームのキャラクターをレベルアップさせたい気持ちがありながら、

自分が変わることを拒むのは変だ。

それに、ゲーム上の「進化」があれほど人の好奇心や冒険心を沸きたてるなら、

人は本来変わりたい生き物なんだと思う。

 

だからこそ俺は、人が変わることはきっと楽しいことでしかないと確信している。

きっと人が変わることはワクワクすることだ!

 

現にネット制限マニュアルでセーフモードのラスボスを制したときは

爽快だった!

 

だから変わることは100%おもしろいことに違いない!