ネット依存ほぼ克服マニュアル+俺の言葉のゆりかご

ネット制限によってワクワクを取り戻す!

ネット依存ほぼ脱出マニュアル1

私はネット依存症です。

今日も10時間近くネットしていました。

会社が休日の土曜日はいつもこのざまです。

 

この状況は2年近く続いています。

しかしもうこれ以上は危ないと思いました。

このままでは、自分の人生が完全にネットに

破壊されてしまうと確信しました。

 

ネット内の匿名の情報や、他人の幸せ自慢、誰が書いたかも分からないまとめ情報、

性的なサイト、気持ち悪いサイト、YOUTUBE、知恵袋・・・

私の人生はこれらに食い尽くされてきました。

私はこれらに膨大な時間を使ってしまったのです。

 

では、ネットにこれほどの時間を費やして得たものは何だったでしょうか?

 

メリットは一割ぐらいで、残りはネットサーフィンに費やされてしまいました。

そもそも私がネットをする理由(メリット)は大体以下になります。

 

①通販サイトやチケット購入、各種予約、ネットバンキングの利用。

②天気予報。

③行きたいお店や観光地の情報把握。

④ネット口座での株の投資。

 

実際これぐらいしかありません。

けれども私はこの本来の目的からつい逸れてしまって、

ネットサーフィンをしてしまっていました。

本当に自分がバカです。

今までネットで浪費した時間は3000時間以上5000時間未満ぐらいに

なるでしょう。

単純計算での3000時間は、24時間計算で125日です。

しかし、実際一日の使用時間を8時間とすれば、

この三倍の375日です。

なんと私は一年無駄にしていたのです。

 

ネットという大海に溺れ、私は一年間を空虚に過ごしていたのです。

 

そもそもネットとは上級者のメディアであると著名人も言っています。

 


(1)ネットは「「上級者」のメディア」

 ネットの情報は玉石混淆で、そこから「玉」の情報だけ選ぶのは、かなりの知識とスキルが必要だ。
 ネットは「速報性」に優れているし、誰でも発信できる素晴らしさを持つが、それだけに情報の真偽を見極めにくい。専門家が書いた優れものがある一方、デマや思いつき、偏見も数多く見受けられる。
 誰でも発信できるとは、裏返しに見ると、新聞・雑誌が持つ「編集」「校閲」という重要な2つの機能が欠如しているということだ。他者の目を通さないと、自己中心的な意見や強い偏見を含んだ論説もそのまま載ってしまう。また、校閲機能もないので、誤字脱字どころか、明らかに事実関係を間違えている記事もネットにしばしば見受けられる。
 ネット空間は「ノイズ過多」なのだ。いい加減な情報=ノイズ情報をいかに除去するか。これがネットから「玉」の情報を得るポイントだ。
 ネットは、うまく使えば便利で有益なツールになる反面、時間を浪費したりノイズ情報に惑わされる危険性もある「諸刃の剣」だということだ。
 多くの人が誤解しているが、じつはネットは「上級者のメディア」なのだ。上手に活用すれば、マスメディアが報じない情報を広く深くとることもできるが、活用するスキルを持たないと、時間ばかり浪費してしまう極めて効率の悪いツールにしかならない。

(2)ネットは「非常に効率が悪い」メディア

 ネットサーフィンの誘惑を含めて、費やす時間に対して得られる情報が少ないのがネットの特徴だ。
 同じ時間をかけてニュースを読むにしても、①新聞社の無料サイトを見るのと、②新聞紙面で読むのとでは、とれる情報がまったく違う。①もカテゴリーごとに分かれているが、時系列順に新しい記事が並ぶため、記事の重要度がわかりにくいし、クリックしてみないと記事の概要がわからない。
 新聞は、「どの記事を大きく載せるか」を編集デスクや整理部のベテラン記者が毎日会議を開いて決めている。一般のビジネスパーソンが自分で一つひとつ判断するより、まずは「プロのフィルター」に乗っかったほうが効率がいいのは間違いない。
 無料のニュースサイトのように記事が並んでいるということは、「自分で記事の重要度を判断しなければならない」ということだ。
 ネットを「効率の悪いメディア」にしているもう一つの要因は、そもそもネットで入手できる情報の多くが二次情報、三次情報だからだ。根っこになる一次情報は、新聞をはじめマスメディアの情報がほとんどだ。「ヤフーニュース」も含めて。
 新聞雑誌できちんと精度の高い情報をチェックしたほうが、効率は何倍もいい。お金はかかるが、「時間は希少材」ということを考えると、ビジネスパーソンにはメリットのほうが大きい。
 やはりネットは、付き合い方になかなか高度な技術のいるメディアであることは間違いない。

(3)ネットにある「プリズム効果」
 ネットには特定のものだが大きく見えたり、別のものが見えなくなったりする「プリズム効果」がある。ネットを頻繁にチェックしているヘビーユーザーほど、その影響を受けやすい。
 ネット空間では、自分でアクセスしなければ、見たくない情報には触れずに済む。逆に、自分が知りたいことや自分の考えを補強する情報が欲しければ、いくらでも見つけ出すことができる。
 ツイッターやフェイスブックなどのSNSには特にその傾向が顕著だ。自分が選んだ人の言説しかフォローしないのだから。その人が自分の気に染まない意見を言い出したら、フォローを止めればいい。そうなると、自分と違う意見や考え方は、ネット上には存在しても、なかなか目に入ってこなくなる。
 するとどうなるか。関心のあることについてはどんどん詳しくなる一方で、それ以外はまるで知らないまま、どんどん視野が狭くなる。
 ここのところは、本当に誤解している人が多い。ネットには非常に多くの情報が溢れているので「視野が広くなる」と勘違いしている人がいるが、「知りたいことだけ知ることができる」というのが、ネットの長所であり短所でもあるわけだ。よほど気をつけて使わないと、視野を狭め、偏見を助長させてしまう。
 ネットをよく使う人の中には、「ネットの論調=社会全体の論調」と思い込んでしまう人も少なくない。するとどうなるか。「メディアの報道には偏りがある」「真実を報道していない」と容易にマスコミ批判や陰謀論に走ってしまう。メディアが報道しないのは、ほとんどの場合「裏がとれない」からなのだが。
 マスコミの仕事は「隠蔽」することではなく、「曝露」することなのだから。また、ネットで同じ人が「××反対」「〇〇は素晴らしい」と1日に3回書けば、その意見が強いように見えるが、社会全体で見ればそうとも限らない。ネットの論調が主流とは限らない。ネットで不特定多数に向けて情報発信している人は全体で見ればまだ少数派だ、くらいに考えておいたほうがバランスがいい。